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日本にある富士山

その日はちょうど機体左側の窓側席を予約できた小松発、羽田行きのエアーバスからの映像。富山湾の上空からは富士山が見えると聞いた事を思い出し、目を凝らしていると、離陸から数分後 霞んではいますがひと際高い山が見えます。どうでしょう? 違いますか?

静岡県上空辺り、太平洋側から見たもの、これは間違いなく富士山!

遥か昔から日本人を魅了し、時には勇気や希望を与えてきたに違い有りません。その姿を見下ろしたり、時には見上げたりして私も東京へ、そしてその先の世界を目指す勇気を貰おうとしているのかも知れません。

2018.12.16
展示会 視察&商談

年2回 東京国際フォーラムで開催されるPremium Textile Japanを視察、商談をしてきました

 

 

コットン、シルク、羊毛などナチュラル糸を使用したテクスタイル展示会『HARVEST』にも視察・商談で参加

ヨーロッパからのサスティナブルの動きはますます強くなって来ています。ナイロン袋などによる海洋汚染が海にすむ魚や哺乳類に及ぼす影響などが報道され、コーヒーメーカーのプラスティック製ストローの不採用といた様に、今後このエコ、リサイクルといったサスティナビリティの動きは身近に感じられる様になってくるでしょう。

2018.10.30
ものづくりを考える(6)

 

地球が枯渇してしまう前に。……「サスティナビリティーはもはや選択肢ではない。当然の義務だ」

国連は2017年6月の時点で76億人の世界人口が、2050年には98億人に達すると予想しています。さらにその時必要となる服の量は、現在の3倍 地球2.3個分の資源が必要になる。つまり、このまま私たちが天然資源に頼ったものづくりを続けていれば、地球が近い将来、枯渇してしまうのは目に見えているという事なのです。

こうした強い警鐘が世界で聞かれるようになった今、ファション業界でも単なるマーケティング戦略の一つではなく、本腰を入れたサスティナビリティー施策が動き出しています。アディダスは2024年までにシューズやアパレルを含む全製品をリサイクル・プラスティック製にすると宣言。またH&Mは世界の研究者とのコラボレーションによって産業規模での「混紡素材のリサイクル」に成功しました。コットン100%のような単一繊維からなる素材のリサイクル技術は大きく進化したが、市場にはもっと多く普及している綿、ポリエステル混などといった混紡素材のリサイクルがファッション業界のサスティナビリティーにおいて大きな障壁となっていました。

世界人口の増加から、衣服の需要が高まる中 着古した服が焼却されたり埋め立てられたりするのではなく、再び繊維となり新しい服に生まれ変わるという『循環』を生みだす事が出来ればリサイクルの円が出来ます。またそれと同時に大切になってくるのは、消費者の『資源』に対する理解と協力に他なりません。今を生きる我々は、次の世代にこれまで以上に地球に負荷をかけない環境を整備し、受け渡す義務があります。

2018.10.22
RENEW/1018

秋晴れの心地よい日曜日、福井の今立 和紙の里のイベントに参加して紙漉き見学をしてきまた。この地域では和紙工場が地域内に点在しており、お互いの特徴を生かした作り方や販売で協力し合い『越前和紙』を広く発信しています。若手の作り手が中心となり、1500年続く越前和紙を先人の技術や知恵を更に時代に合わせた感性で和紙の表現、創造をしています。

ここでも受け継がれてゆく伝統技術や時代の変化に対応する日本の工芸の柔軟性と美しさに魅せられました。

森川 英樹

2018.10.13
設立30周年記念日

今日、10月13日は森川レースの創業記念日で法人化して30年目を迎えます。統計的に30周年を迎える企業は全体の30%と聞きました。これもひとえにお付き合いさせて戴いております皆様方のお陰と感謝いたします。お花は平素大変お世話になっている税理士法人たすき会様から頂きました。どうも有難うございます。

これから知りあう事になる多くの方々を含めて今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

 

2018.10.05
割烹旅館 越前満月さん

いつもお世話になっている、布花作家のmarumero mashulo(マルメロマシュロ)さんのご紹介で、福井市の割烹旅館 越前満月さんに弊社のストールを置いて頂ける事になりました。

越前満月さんは、たかす海水浴場の近くにあり、広大な敷地に客室は10室のみ。素敵な館内とお料理で、四季を楽しむ事が出来るので、カニのシーズンには海外からのお客様も来られるとか。

その満月さんのお土産コーナーに、Made in Japan 福井の特産品としてレースのストールを展示・納品してきました。お客様に直接手にとって肌触りを試して頂いて、そのストールを巻くたびに、福井の事を思い出して頂けたらいいな~と思います。

明るくてかわいい姉妹で、旅館を切り盛りされています

ゆったりとした時間が流れるロビー(左奥がお土産コーナーです)

あっちにやったり、こっちにやったり・・かなり考えてディスプレーしました(笑)

どっちがいいかな~?と言いながら、ワイワイ楽しく試着していただけます♪

2018.09.05
神楽坂『ドゥ―ブルメゾン』オープニングレセプション

東京 神楽坂の赤城神社のある赤城坂にスタイリスト大森氏がディレクションするDUBLE MAISON『ドゥ―ブルメゾン』がオープンしました。

今回は僭越ながらご招待を頂きそのお祝いの席に参列させて頂きました。元は製本工場だった場所を温かみのあるリノベーションでブランドイメージにあった空間です。

平素はお世話に大変なっている㈱やまと会長 矢嶋氏との記念の一枚。

 

福井市ふるさと納税にも協賛しています
ふるさと納税返礼品のドットレースストール

今年度6月より、福井市のふるさと納税応援事業者に参加させて頂いております。

先日、東京の方よりストールを御注文を頂き発送させて頂きました。たくさんの商品の中から弊社の商品を選んで頂いた事を嬉しく思うと同時に、福井の森川レースを知って頂くきっかけになればと思います。

本当にいろんな返礼品があるので、ぜひ一度 ふるさと納税ポータルサイト「ふるさとチョイス」をのぞいてみてください!ちなみに弊社からはオリジナルストール4種とオリジナルレースコサージュ1種掲載中です。

2018.08.11
葉っぱのデジタルグラデーション

葉脈に沿うように黄緑色から濃いグリーンに変化していく様子。四角や五角形など細かい葉脈のブロックがデジタルっぽくて不思議。

2018.08.05
創業者 森川はつい その想いを継ぐ

森川はついは、福井市森田地区(森川レース旧工場と自宅の所在地)に生まれました。時代背景からもかなり厳しい環境で育ったのではないかと思われます。
はついは稀にみる才女で人望も厚く地区内では男勝りのリーダー的存在であったと、親族や当時の事を知る近所のおばあさんも話しています。
県内外に友人を多数持ち、事あるごとに招いてはもてなし、持ち前の着物姿で一人で海外旅行までする様な当時からするとかなりたくましいハイカラな女性であった様です。
そんな はついが自宅横で森川レースの前身となる繊維工場の創業を始めたのが昭和34年の事でした。
その後、京都の友人から当時としてはかなり珍しいレースの話が飛び込みます。はついはまず、娘であるゆう子を京都に修行に出します。青春時代を京都で過ごしたゆう子は昭和38年帰郷と同時に結婚し、これをきっかけにレース工場に本格転換したのです。
写真左から はつい、嘉子、ゆう子 女系の森川家 継承三世代が揃っている希少な写真です。
その後「ガチャ萬」と言われ、ガチャッと編めば萬札が出てくる様だ♪・・と言われたバブル期を迎える事になります。アメリカを中心とした新自由主義、金融資本主義、お金がお金を生むといわれた異常といってもいい時代。日本はレースの世界的産地となり技術革新と生産体制の強化と効率化、そして流通の分業化が進みました。
「つくれるけど売れない(販売出来ない)」でも大丈夫。朝から晩まで真面目に頑張れば何事でも何とかなるそんな感じではなかったでしょうか。
リーマンショック前後の金融バブル崩壊で終焉を迎え、経済の世界地図が変わるのと同時にレース生産拠点が中国、アジア各国に広がっていきました。
日本では製造工場が次々廃業に追い込まれる中、工場を自宅横地から工業地帯に移し、従来のアパレル向けアウターレースウェア用生地にこだわり、最新高速編機の導入を試みた森川レース…世界のレース生地製造について行く為に決断しました。
新旧の編機を同時に稼働させた1年8ヶ月の間、思いのほか厳しい経営を通して感じているのは「動かしてみた者しか分からないだろう」事が見えているということ。百年に一度といわれる経済構造の変化の中、会社をより強くする絶好のチャンスでもあります。第二次世界大戦後の数年間、日本は大きな混乱に陥りました。明治維新の時も、平安時代から鎌倉時代に移った時もそうでした。そういう大きなパラダイムシフト(その時代に支配的な思考方法の転換)の時には必ず経済が混乱すると経済評論家が言っています。そうです必然的に起こっている事なので会社を取り巻く環境のせいにするのではなく、“ならどうしたらいいのか”を考えるのが経営者だと思います。
金融資本主義に基づく旧来型の理論がまかり通っていた時代と変わらず、とにかく安いものを作って生き残る方法で価格競争を今もなお続けるレース業界のサプライチェーンに疑問を抱かずにはいられません。海外では真似出来ないいかに付加価値の高いものをこの日本でつくり続けることを今一番に考えるべきです。
何かを変える事は勇気がいることだ、でも変わる事を恐れてはいけない。と勇気ある創業者が言ってくれているようです。
                                森川レース三代目
                                     森川 英樹